映画やドラマ、舞台に出演するなど、女優としての活躍の場を広げている高橋メアリージュンさん。

明るく華やかなイメージのある彼女だが、父親の事業が倒産した際に抱えた借金を、兄弟姉妹で返済し続けてきたり、潰瘍性大腸炎や子宮頸がんという大病を克服したり、様々な過酷な経験をしている。

そんな経験から得た幸せな未来を生きるためのヒントを綴ったのが、2018年1月発行の『わたしの「不幸」がひとつ欠けたとして』。それが文庫本として刊行された。

今月のインタビューは、高橋メアリージュンさんに病気から得た気付きについて話を伺った。

潰瘍性大腸炎のご経験があるとか……

私の人生の中で最も大変だった時期ではないでしょうか。

免疫異常が起こり、自分の大腸を攻撃してしまう潰瘍性大腸炎だと診断を受けました。

安倍晋三首相と同じ病気だといえば思い出す方がいらっしゃるのでは。

映画『るろうに剣心』の撮影を控えていたタイミングでした。


映画の撮影に入ると、どんどん悪化していきました。

今までは食べることが大好きだったのに、痛みと出血があるという恐怖からご飯をおいしいと思って食べられなくなりました。

白湯を飲んでも、お腹が痛くなってしまうくらい。

元々痩せていたのに、体重はそこから10㎏も減ってしまい、見た目の女性らしさはなくなっていました。

台詞の途中に腹痛が襲ってきて、頭が真っ白になり、自分がちゃんと台詞をいえたのかどうかすらわからない状態。とても演じたかった役なので、演技に集中出来ないことが本当につらかったです。

何度もお手洗いに行かなくてはいけませんし、それが間に合わないんじゃないかという恐怖もありました。

そして悩んだ末に自分の病気を周囲に公表したのです。

病気を告白した後、周囲の手助けなどよい影響はありましたか?

スタッフさんと主演の佐藤健さんには私の病気について正直にお伝えしました。

健さんが毎日、「大丈夫、絶対よくなる、治る」と声をかけてくださったのが忘れられません。

この励ましは本当に心の支えになりました。

撮影の後半には体調も落ち着いていき、お陰様で無事撮影を終えることが出来ました。

健さんから毎日「絶対治る」といい聞かされていたので、洗脳されてしまったのかもしれませんね(笑)。

スタッフさんの気遣いにも度々救われました。

カットがかかったら、演者の皆さんは楽屋や前室に戻るのですが、私は移動するのもつらい体調でした。

そんな時、「セットの中で待っていてもいいですよ」と声をかけてもらえたことが、大きな助けになりました。

ひとりで病気を抱えていた時より、病気を告白したことで、素直に皆さんの力を貸していただくことが出来るようになり、精神的にもとても楽になりました。

その後、ご自身に合った治療に巡り合えたとか……

女性としては潰瘍性大腸炎を世間に公表することに対して、抵抗がなかったというと嘘になります。

潰瘍性大腸炎という病気は難病であるにもかかわらず、世間に理解されにくい病気です。

でも、絶対治ると信じていましたし、私が病気を公表することで、こんな病気があるのかと認知してもらえると思いました。

そして、私が元気にしている姿を見てもらったら、多くの同病の皆さんの励みになる──そんな思いで病気を公表することにしたのです。


潰瘍性大腸炎をカミングアウトすると、ブログのコメントやお手紙でたくさんの励ましのメッセージをいただきました。

その中で「私はこの病院に通ってよくなりました」というお便りが3通ほどありました。

そこで、お手紙をくださった方が通われた病院の治療が、私に合うか合わないかはわからないけれど、まずは行動してみたのです。

何事も試してみないとわからないですよね。

素直な気持ちで励ましのお手紙を読んで、柔軟な気持ちですぐに行動に移したのがよかったのかもしれません。

結果的にはそこの病院の治療が私にはとても合っていて、今は全く症状が治まっています。

何でも普通に食べられることの幸せ、演じた役が心を支えてくれたこと。

周囲の方から手助けや励ましをいただいたこと。

病気の時、身体はつらかったけれど、日々の中で私は幸せを感じることが出来ました。

当たり前だと思っていたことが決して当たり前ではないと、病気を通じてわかったような気がします。

その後、子宮頸がんにもなりましたが克服されていますね。

2016年1月のことです。

日々の体調にはかなり気を付けていて、毎日元気そのものでしたが、映画やドラマの仕事が集中して、息切れしそうなくらい忙しい時期がありました。

今まで婦人科系の悩みや病気なんて一切ありませんでしたが、少し体調に変化を感じたので、念のためにと近所の婦人科にかかりました。

そこで「子宮頸がんの検査、安心を買う意味で受けておいたほうがいいんじゃないですか?」と勧められたので、気軽に受診。

そうしたら婦人科から電話がかかってきて「すぐに来てください」と。

わざわざ病院から電話があるくらいならかなり悪いのかなと不安になりました。

大きな病院を紹介され、組織検査を受けると、がんになる一歩手前の高度異形成という診断。経過観察という選択肢はあったのですが、悪いところがあるなら将来のために取っておきたかったので、自ら進んで手術を受けることにしました。


家族には心配をかけたくないので、とても話せませんでした。

手術することは事務所の方たちくらいしか知らなかったと思います。

そうして手術で取った組織を、病理検査に出したら、子宮頸がんという診断。

その時はまだ実家にお金を入れていたので、自分が働けなくなったら、家族が生活出来なくなってしまう──それが一番怖かったです。

いつか子供を産みたいという夢もありますから、子供が産めなくなる不安もありました。

リンパ節への転移の可能性もあるといわれました。

がんと宣告された瞬間、衝撃はあっても現実味はありませんでした。

現実を受け入れきれなくて、自分の心を守るためのバリアが出来てしまったのかもしれません。

帰る道すがら事態の深刻さを少しずつ実感して、泣いてしまったのを覚えています。


でも、今思えば、幸運の連続でした。撮影期間に入っていないタイミングだったので、手術を受けることが出来ました。

手術をしないで様子を見るという選択をしていたら、そのまま進行していた可能性があります。

その後の検査では治療が上手くいったことがわかり、今でもこうして元気にお仕事をすることが出来ています。

子宮頸がんだったことを2018年に公表されましたが……

潰瘍性大腸炎の件もあり、女優として病気がちなイメージが出来る心配は当然ありましたが、皆さんにがんの検査を受けていただきたいという一心で、公表に踏み切りました。

生理痛も一切なく、これまで婦人科系の不調など一度もなかった元気な私でも、突然子宮頸がんと宣告されたのです。

たまたま勧められて検査を受けて、たまたますぐ手術をする決断をしたから、がんだと判明したけれど、転移の心配があるとまでいわれました。

検査したお陰で生命が救われ、女性として子供を持つという夢も守られました。

大丈夫と思っていても大丈夫じゃないことがあるということを、皆さんに是非知っていただきたい。何の症状もない私が子宮頸がんだったのです。

何の症状がなくても定期的にがん検診は受けて欲しい。

患者さんにメッセージを。

病気の時は、孤独を感じることが多いと思います。

私もそう。でも、目を閉じた時に、誰かの顔が思い浮かんだとしたら、それはひとりではありません。

瞼の裏に思い浮かべた方が、もし今生きていなかったとしても、誰かを思い出せるというのは、とても幸せなことだと思いませんか。

幸せって目に見えなくて、近くにあるのに気が付かないだけなのかもしれません。

もし、誰の顔も思い浮かばないくらい落ち込んで寂しい時は……よかったら私の本を読んでいただけたら嬉しいです。

読書している時って人と話している感覚になりますよね。そこが私も好きなところなのです。

今後の夢は何ですか?

人、特に子供の夢を叶えるお手伝いがしたいです。

お金がないという理由で夢を諦めなくてはいけない子供とか、才能があるのに環境が許さなくて、夢を見ることさえも諦めてしまうような子供──そんな子供を支援するような活動をしたいと思っています。

それから親にお家を買ってあげたいです。親孝行は終わりません(笑)。

それが今の私の夢です。

わたしの「不幸」がひとつ欠けたとして
高橋メアリージュン/著

高橋メアリージュンからの「幸せな未来を生きる」ためのメッセージーー

実家の倒産や、映画撮影中に発症した潰瘍性大腸炎。そして子宮頸がん……。他人にはない経験をしたからこそ見えた景色を、心を込めて言葉にした一冊。身の回りにある幸せに気が付くためのヒントが散りばめられています。

○発行:ベストセラーズ  ○261頁・880円(+税) ○ISBN-13: 978-4584394038

全国の書店、WEBショップにて発売中

Twitterでフォローしよう

おすすめの記事