予防から末期治療まで がん遺伝子治療のスペシャリストに聞く
国はがんゲノム医療を推進し、がんと遺伝子の関係が周知されるようになりました。外科医としてあらゆる症例を経験した後、がん遺伝子治療に特化したクリニックを開業した銀座みやこクリニック院長の濱元誠栄医師にお話を伺いました。
『もう緩和ケアしかない』と告げた時の顔は、今でも忘れられません
──がん遺伝子治療をはじめられたきっかけを教えてください。
私は外科医として様々ながんの手術を経験してきました。医師の少ない病院でしたから、抗がん剤治療も担当しましたし、脳外科や泌尿器科、婦人科などのがんの手術を手伝うこともありました。よくなる患者さんもいるのですが、亡くなっていく患者さんも非常に多く、無念な思いをすることがたくさんありました。
保険診療の範囲で出来る標準治療だけでは、進行がんを克服する上で限界があります。手術や放射線では目に見えるがんしか治療することが出来ません。また、抗がん剤を使用しても、耐性のあるがん細胞が生き残って、やがて亡くなってしまいます。使用出来る抗がん剤がなくなったら、後は緩和ケアしかありません。治すことを諦めざるをえないのです。
実は、私の従姉妹も若くして乳がんで亡くなっています。手術後に再発し、抗がん剤治療を行ったものの、次々と抗がん剤に耐性が出来て、病状は進行していきました。治療の選択肢がなくなり、「もう緩和ケアしかない」と告げた時の彼女の顔は、今でも忘れられません。幼い子供を置いて死ぬわけにはいかないという切実な思いを、身内である私は叶えてあげられなかったのです。
それからあらゆる最新のがん治療の情報を収集しました。生きたい、元気になりたいという患者さんを、ひとりでも多く救いたいという思いがありました。そこで出会ったのががん遺伝子治療です。
一時、がん治療の現場から離れていたのですが、がん遺伝子治療に可能性を感じたことで、再びこの世界に戻ってきました。がん遺伝子治療の先駆といえる医療機関で学び、自分のクリニックを開業しました。
がん遺伝子治療と標準治療は、どちらかを選択するという関係ではなく、上手く併用するべき
──がん遺伝子治療に感じられた可能性とは?
私たちの体は約60兆個の細胞で作られています。生命を維持するために、常に細胞分裂が行われており、遺伝子と呼ばれる細胞の設計図によってコントロールされています。そのような大事な働きをする遺伝子ですが、大気や水の汚染、紫外線、放射線、加齢などで日々傷ついています。
がんは遺伝子のトラブルが原因です。がんに関係する遺伝子として、細胞分裂をコントロールする「がん遺伝子」と、細胞に異常が生じた場合に、その細胞に対して自然死するような指示を出す「がん抑制遺伝子」の2つがあります。もし、両者に傷がついてしまうと、細胞が無限に分裂・増殖するようになり、歯止めが効かなくなります。この状態を細胞のがん化といい、がん化した細胞の塊が「がん」です。
がん遺伝子治療は、このような遺伝子のトラブルが起きている患者さんに対して、正常な遺伝子を外部から補うことで、がん細胞を自然死に誘導します。手術・放射線・抗がん剤の三大療法が柱となる標準治療は、出来てしまったがん細胞を正常細胞ごと叩くという戦術です。それに対してがん遺伝子治療は、がん細胞が生まれる原因にアプローチし、がん細胞だけに作用します。
標準治療だけでは克服出来ない進行がんを、原因に直接作用するがん遺伝子治療で補完することで、進行がんでも克服する道が開けます。私はそこに可能性を感じました。
──がん遺伝子治療の長所について教えてください。
がん遺伝子治療は、標準治療を補完するのはもちろん、単独でも行うことが出来ます。がんは早期発見・早期治療が望ましいのですが、実際には発見時にかなり進行している場合が少なくありません。その場合、体力的に衰弱している方が多いので、重い副作用が出る可能性がある標準治療は負担になります。がん遺伝子治療はがん細胞のみに作用するため、副作用が軽いという特長があり、このような患者さんに対してもお勧め出来ます。
──がん遺伝子治療は、標準治療と併用したほうがいいでしょうか?
標準治療はエビデンスに基づいた現段階での最高の治療です。特に早い段階では素晴らしい切れ味を発揮します。がん遺伝子治療と標準治療は、それぞれの長所と短所があるので、どちらかを選択するという関係ではなく、上手く併用するべきだと思っています。
がんが進行しており、手術や放射線による治療が不可能に思えた患者さんでも、遺伝子治療を先に行うことで、それらが可能な状態まで、がんを縮小出来ることがあります。また、近年、がんの新薬の主流となっているのは、がん細胞の異常な遺伝子が作り出す蛋白質などを目印に作用する分子標的薬ですが、遺伝子のトラブルを回復させておくことで、効果を上げることが期待出来ます。そして、何よりお勧めする組み合わせは、標準治療後の再発を予防するために、取り残したがん細胞をがん遺伝子治療で叩くというやり方です。
──がん遺伝子治療による奏効例を教えてください。
膵臓がんのステージ4といえば誰もが絶望的になるかもしれません。標準治療を行っても、生存率はかなり厳しい数字になります。このような患者さんに対して抗がん剤治療と遺伝子治療を併用したところ、転移がんが消失し、膵臓の原発がんも縮小しました。その後、遺伝子治療を継続しながら、駄目押しで膵臓のがんに放射線を照射したところ、完全消失してしまいました。再発予防のために今も遺伝子治療を続けて、元気に生活していらっしゃいます。
「医学は日進月歩の世界ですが、がん遺伝子治療も進化の歩みを止めないことが不可欠」
──国はがんゲノム医療を推進し、がん遺伝子治療には多くの医療機関が参入していますが……。
医学は日進月歩の世界ですが、がん遺伝子治療も進化の歩みを止めないことが不可欠です。多くのがん患者さんは、代表的ながん抑制遺伝子であるp53に異常を来たしています。まずはこれを補うことが基本になりますが、がん細胞とは常に変異する厄介な存在です。PTEN、p16、CDC6抑制RNA、EZH2抑制RNAなどp53以外の遺伝子も補っていかなければ、次第に太刀打ち出来なくなります。この進化を常に心がけているところは少ないのではないでしょうか。
──がん遺伝子治療は予防の手段としても有効ですね。
固形がんは、画像診断で確認出来た段階で、がんと診断されます。しかし、がんは細胞の単位で生まれているため、画像診断より早くがん細胞の存在を調べることで、発症や再発の予防に繋げることが出来ます。それを調べるための検査が、遺伝子検査やCTC(循環腫瘍細胞)検査です。
大腸がんを例に挙げると、がんが上皮組織に留まるステージ1でも、再発の可能性は4%あります。見た目には転移がなくても、早期の段階からがん細胞が散らばっている可能性があるということです。標準治療では手術後には予防的な治療が出来ないので、定期的にCTなどで調べていくしか、再発に備える手段はありません。こうした患者さんが定期的な遺伝子検査やCTC検査を受け、がん細胞の存在リスクが予見された段階で、がん遺伝子治療を予防的に受けるというのは、理想的なやり方といえるでしょう。
──予防から末期の治療まであらゆる段階でがん遺伝子治療は有効だということですね。
はい、すべての段階の患者さんに対応出来ます。末期の患者さん、特にがん難民となった患者さんに対して、生きる可能性という希望を提示出来ることは、遺伝子治療の強みだと思います。命を懸けて病気と闘っているがん患者さんと向き合うのは、正直大変な仕事です。とはいえ、つらい思いで亡くなっていく患者さんを、ひとりでも減らしていきたいという思いで、がん治療の世界に戻ってきました。希望の光となる遺伝子治療を、もっと広めていきたいですね。
院長 濱元誠栄
2001年、鹿児島大学医学部卒業後、沖縄県立中部病院一般外科へ。2003年、杏林大学医学部第一・第二外科。2004年、茨城地域がんセンター。2005年、沖縄県立中部病院一般外科。2007年、沖縄県立宮古病院・宮古島徳洲会病院外科。2011年、再生医療専門クリニックを経て2018年、銀座みやこクリニックを開業。
銀座みやこクリニック
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