いつか歌舞伎座のチラシに3人兄弟揃い踏みで一番大きく載せてもらうことが夢
華やかな存在感で将来を嘱望される歌舞伎役者の中村橋之助さん。
2000年、4歳で初舞台を踏み、2016年に中村橋之助を襲名。
2025年1月に公開の映画『シンペイ〜歌こそすべて』では明治から昭和にかけて2000もの名曲を生み出した作曲家・中山晋平役を演じる。
歌舞伎から映画へと俳優としての活躍の場を広げる橋之助さんにお話を伺った。
試練だったことは?
2022年2月の博多座公演で、右膝の後十字靭帯を断裂しました。
坂東玉三郎さん主演の『日本振袖始』という作品で、玉三郎さん演じる八岐大蛇と僕が演じる素戔嗚命が戦う、舞踊仕立ての芝居です。
ギバといって高く飛び上がるアクロバティックな演出で、初日で気合が入ったのか、高く飛び過ぎてしまいした。
本来は両方の膝と爪先で着地するところを、右膝を先に着いてしまって……。
身体を傷めるなんてよくあること。
いつもなら舞台を進めるうちに大体は回復してくるのに、この時ばかりは様子が違いました。
その後すぐの立ち回りでは右膝を真っ直ぐ伸ばすことさえ出来ず、膝がぶるぶる震えてしまう始末。意地と責任感で最後まで演じきりましたが、幕が降りた後にも痛みは治まらず、ますます悪化していきました。
でも、休演はしたくなかったから、松竹にも博多座にも内緒で、自分で病院に行ったんです。
診断は後十字靭帯断裂。
そこでドクターストップがかかりました。次の日は休演し、弟の福之助が代演を引き受けてくれました。
タイミングが悪いことに、翌月に京都で中村米吉さんと一緒の『番町皿屋敷』という演目のとても大きな役をいただいていて、普通ならそれも休演せざるを得ないくらいの状態でした。
治療はどのように進めたんですか?
何がなんでも、3月の舞台には出たかった、休演したくなかったんです。
そこで、現地の方にお願いして、博多で有名なアスリートの膝の治療で実績のある医師を紹介していただきました。
その先生は、「年を重ねてから痛みが出る可能性はあるが、一箇月間指示に従ってくれれば休演しないで済む可能性がある」といってくださったんです。
周囲の方は、一刻も早く東京に帰って、大きな病院で治療を始めようと仰いましたが、その先生は真逆で、東京に帰らないで、とにかく一週間、ホテルで寝たままでいなさいとおっしゃいました。
僕はひと月後に休演しないで済む可能性に賭けました。
いわれた通り、ホテルで足を固定して上げた状態で1週間寝ていた結果、完全断裂にならずに済みました。
張り詰めたロープをナイフで切っていくと、繊維が解けていきますよね。僕の靭帯は、まさにその繊維が少しだけ残ったロープの状態でした。
そこで漸く車椅子で飛行機に乗って東京に帰り、そのまま大学病院へ直行しました。
そこからはひと月かけて、靭帯の代わりになる大腿四頭筋をリハビリで鍛えていき、3月の京都の芝居に何とか間に合わせることが出来たんです。
しかし、その芝居のラストは、花道を走って行くと同時に、幕が閉まっていくんですが、京都の初日、駆け抜けた後に痛みがこらえきれず、その場で立ち往生。
涙を流している僕を、弟子の橋三郎が周囲に見えないように隠してくれました。でも、恐ろしいことにすぐ次の演目では踊りの出番が待っていました(笑)。今思えば、よくやり切れたなと思います。
その後の膝の治療は?
何とか3月の舞台を終え、病院に行って検査をしました。
手術が必要な状態だといわれましたが、僕たち歌舞伎役者の仕事は正座をしたり、立ち上がったりを滑らかに行うことが必要不可欠です。
人工的なものを膝に入れてしまうと、滑らかな所作が出来なくなってしまいます。
1年間、自分の力で頑張ってリハビリをして、靭帯の代わりになるくらい筋肉を鍛え、それでも駄目だったら手術をしましょうということになりました。
公演と公演の合間にリハビリと病院に通ったり、出番があった時はアイシングをしたり、ケアは欠かしませんでした。
1年後の検査で、これなら手術をしなくても大丈夫とお墨付きをいただけるところまでは回復しました。怪我をしてから京都の舞台までの1箇月間、全てを賭けて頑張ったこと、それからの1年間、リハビリを行い筋力をつけた地道な努力。こんなことをしたら傷めるんだと、身体で学習をしていく感じでした。最初は正座も出来なかったのが、今では出来るようになりました。今年の8月、怪我をしてから初めて、30分間正座をし続ける役を受け、しっかり務めることが出来ました。
心の支えになったことは?
僕は中村勘九郎の兄のことが大好きで、彼みたいになりたいと思って常日頃勉強しているんですが、彼も博多座で靭帯の怪我をしていて、完全にお揃いです(笑)。僕が怪我した時に勘九郎の兄から電話があって、「そんなところまで俺の真似をしなくていいんだよ」って。
笑い話として励ますつもりで仰ってくれたんですね。
勘九郎の兄が、「自分に嘘をつかずリハビリをしたら、ちゃんと正座も出来るようになるし、動けるようになるから絶対大丈夫」って励ましてくれました。
勘九郎の兄も靭帯の怪我を経験しながらも、今、飛んだり跳ねたり普通に出来るようになっています。
正直、博多のホテルで1週間寝たきりでいた時は、ホテルの天井を見上げながら、「マジ終わったなあ」なんて思ったこともありましたよ。
でも、気持ちを切らさないためにも3月の公演に出るんだと自分を信じて、ご一緒する先輩の映像をずっと見て過ごしていました。
役者は地方公演の時は基本的にホテル生活で、夕飯は外食なんですが、その寝たきりの1週間は、一緒の劇場に出演していた弟2人が揃って、「今日何食べに行く?」って部屋に迎えに来てくれたんですよ。
夜だけ車椅子を借りて、兄弟3人で毎日、ご飯を食べに出かけました。
いくら兄弟とはいえ、普段は毎晩一緒に、3兄弟全員が揃って食事に行くなんてないですよ。月に数回、あるか、ないかです。
弟たちなりに、気を遣ってくれたのでしょうね。
それは本当に嬉しかったですね。
2022年3月の京都以降、4月、5月とずっと出演し続けていましたが、右足でなく左足に代えてとか、正座が難しいから立ったまま台詞をいったらどうかとか、周囲の皆さんも優しくフォローしてくださいました。
勇気づけてくれる先輩方、支えてくれる家族がいて本当に有難かったです。
今後の目標夢は。
普段から歌舞伎のため、成駒屋のためになることを一番大切な目標に掲げています。僕自身が魅力があり、真ん中にいられる役者になること、それが歌舞伎のため、成駒屋のためになると考えています。自分が親になり、やがて孫を持つようになった時、自分がしていただいたような同じ環境で、子供たちにしっかり好きなことをさせてあげたり、歌舞伎を学ばせてあげられる一家の長になれるように、3人兄弟、ずっと仲よくというのが僕の夢ですね。歌舞伎座のチラシにいちばん大きい写真で、僕ら3人兄弟の名前が載るというのが、僕たち兄弟の夢なので、そこに向かって力を合わせて頑張っています。
今回は映画のポスターに一番大きく写真が載っていますね。
今作『シンペイ〜歌こそすべて』の先行上映にいらしたお客様の反応が、「あの偉人がここで出てくるか」とか、「よく知っている名曲は、こうやって誕生したんだ」とか、非常にリアルでした。中山晋平や彼を取り巻く人物にシンパシーを感じられる作品だと思います。非常にテンポがよいので、物語を濃く、クローズアップして見られるのも特長です。幅広い年齢の方に楽しんでいただければ嬉しいです。
読者にメッセージを。
お客様が歌舞伎や映画を見て、「楽しかった」「元気をもらった」「次に来る時まで頑張ろう」と、明日の活力になるように努める。
それがプロとしてエンターテインメントに関わる者の使命だと思っています。
お家で見ていただくのもいいけれど、折角なら歌舞伎は劇場で生の芝居を、映画は映画館の大きなスクリーンと素晴らしい音響の中で見られればさらに楽しい。
これを読んだ皆さんが、「橋之助の映画や歌舞伎はどんなもんじゃい」と、劇場まで見に来てくれたら役者として本望です。
映画『シンペイ〜歌こそすべて』
公式サイト http://shinpei-movie.com/
長野にて先行公開中
2025年1月10日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほかにて公開
©「シンペイ」製作委員会2024
中村橋之助
志田未来/渡辺大 染谷俊之 三浦貴大
中越典子 吉本実憂 高橋由美子/酒井美紀 真由子 土屋貴子
辰巳琢郎 尾美としのり 川﨑麻世/林与一
緒形直人
ナレーション:岸本加世子
監督:神山征二郎
企画・プロデュース:新田博邦
脚本:加藤正人、神山征二郎 音楽:久米大作 撮影・編集:小美野昌史
製作:「シンペイ」製作委員会
配給:シネメディア
2024年/日本/カラー/アメリカンビスタ/5.1ch/127分
あらすじ
中山晋平(中村橋之助)は、音楽の道に進むことを夢見て東京音楽学校(現:東京藝術大学音楽学部)に入学。落第・留年の危機に陥るも、幸田先生(酒井美紀)に演奏以外の才能を見出さされ、どうにか卒業する。師事している島村抱月(緒形直人)の「芸術は大衆の支持を離れてはならない」という教えの元、抱月の劇団の劇中歌『カチューシャの歌』を作曲。抱月の劇団の女優・松井須磨子(吉本実憂)が歌ったその曲は大ヒットを収める。しかし、父亡きあと、女手ひとつで兄弟を育ててくれた晋平の母・ぞう(土屋貴子は、病気のために突然亡くなってしまう。悲しみにくれる晋平だったが、「かあちゃんが歌える歌をいっぱい作って」といった母への想いを込めて「ゴンドラの唄」を生み出す。
松竹創業百三十周年
新春浅草歌舞伎
2025年1月2日(木)~26日(日)
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/other/play/915