世界三大伝統医学のひとつ、ユナニ医学を徹底解説
ユナニ医学は、中国医学、アーユルヴェーダ(インドの伝統医学)とともに、世界三大伝統医学と言われています。
古代ギリシャ医学を源流としながら、他の伝統医学も吸収しながら、イスラム文化圏で発展してきました。
海外では、アラブやイスラム圏を中心に現代でも行われており、統合医療の観点からも注目されています。
今回は、現代にも通じる健康維持や病気予防の考え方を提案しているユナニ医学について紹介したいと思います。
- ユナニ医学の確立は11世紀の天才イブン・シーナーの著した『医学典範』による
- ユナニ医学がベースにしている考え方は、2000年近く世界で共有、研究されてきたもの
- 複数の薬草を組み合わせて処方する治療法
- 詳細な観察に基づく診察法で、患者の心身の状態を、言動や環境からも観察
ユナニ医学の歴史は?
ユナニ医学が確立したのは、11世紀の天才イブン・シーナーの著した『医学典範』によるとされています。
彼は、現在のイランの地域で活躍し、医学だけでなく、哲学や科学全般についても幅広い知識を持ち、多くの書籍を執筆しました。
また、初めて精油(エッセンシャルオイル)の精製法を開発し、現代でも普及しているアロマテラピーの先駆けになったとされています。
この時代、世界の文明の中心はイスラム圏であったといっても過言ではありません。
イスラム帝国アッバース朝(750~1258年)は世界中と交易を行い、首都バグダッドには優秀な学者が集まっていました。
世界中の伝統医学が研究され、数多くの生薬が集められました。
イスラム圏で盛んに研究された錬金術の応用による生薬の開発や、豊富な臨床経験も蓄積されたことで、この時代の最高水準の医学体系が、ユナニ医学として確立したといえます。
ユナニ医学の源流は、古代ギリシャにまでさかのぼります。
古代ギリシャ・ローマが滅び、ヨーロッパは暗黒時代と呼ばれる中世に移行していきますが、この地で発展した理論や医学の知識は、イスラム圏に移動し、研究が続けられました。
イスラム教の教えやインドの伝統医学であるアーユルヴェーダの考えなども取り入れながら、発展していったのです。
ユナニ医学の考え方は?
ユナニ医学が古代ギリシャ・ローマの医学を源流にしているとされるのは、根本となる理論を継承しているためです。
古代ギリシャ・ローマ医学は、紀元前4世紀頃活躍したギリシャのヒポクラテスや、2世紀頃にヒポクラテスを継承したローマのガレノスによって確立されました。
古代ギリシャ・ローマ医学の最も重要な概念の一つは「四体液説」と呼ばれるものです。
これは、人間の基本体液を血液・粘液・黄胆汁・黒胆汁の4種類に分類し、これらの調和によって、人間は健康を維持することができ、逆に調和が崩れることによって病気になると考えます。
どの体液が優勢かによって人の気質も影響されるとされ、占星術とも関連付けられました。
この概念が、ユナニ医学で批判を加えられながらも継承されていきます。
このような考え方は、ルネサンス以降のヨーロッパに再び流入し、19世紀に解剖生理学が確立するまで広く共有されていました。
こうして見ていくと、ユナニ医学がベースにしている考え方は、2000年近く世界で共有、研究されてきたものであり、現在私たちが享受している西洋医学の考え方は、まだ200年にも満たない歴史しかないことに驚かされます。
ユナニ医学の治療法は?
ユナニ医学の治療法は、中国医学やアーユルヴェーダと同様、複数の薬草を組み合わせて処方する治療法があります。
その組み合わせは、四体液説に基づいて行われます。
また、薬剤の種類も豊富で、トローチ剤や座薬、点眼薬、歯磨き粉なども開発されました。
ユナニ医学で蓄積された薬草の知識は、西洋医学の薬剤開発の際にも参照されてきました。
特徴的な治療法としては、瀉血(しゃけつ)療法があります。
これは針や刃物で小さな傷を作り、そこから血液を抜くことで崩れたバランスを取り戻し、健康を回復させようとするもので、近代まで世界中に普及していた治療法です。
今でも、イランなど一部の国で精神疾患や生活習慣病の改善が期待されるとして実践されていますが、西洋医学の観点からは、医学的根拠はないとされています。
その他には、マッサージや整骨法も体系化され、近世の日本の整骨技法にも影響を与えたそうです。
また、音楽療法や電気ウナギを用いた電気療法なども行われており、多種多様な治療法が開発されていました。
こうした治療の基盤となるのは、詳細な観察に基づく診察法で、患者の心身の状態を、言動や環境からも観察、触診し、脈診や尿・便診も行われました。
栄養や衛生指導も重要な治療として位置付けられていました。
西洋医学との違いは?
西洋医学と呼ばれるものは、いま、私たちが当たり前に受けている現代医療のことです。
ユナニ医学などの伝統医学との最も大きな違いは、四体液説などで言われる気質や、全体を調整することで病気が治るとされるような概念を採用していないことです。
科学的な知見や実証的な研究に基づいて行われるのが特徴で、自然科学の知見が爆発的に蓄積されていった19世紀後半から急速に発展しました。
それまでは、一部実証研究もされていましたが、治療成績は伝統医学や民間療法と大きく違わないという実態があったようです。
西洋医学の発展によって、それまで治らなかった病気が治るようになり、最近では遺伝子治療などの高度な医療も行われるようになってきました。
しかし、それでも生活習慣病やがんなど複合的な要因によって発生する病気については、いまだ克服できていない状況があります。
伝統医学見直しの動き
ユナニ医学をはじめとした伝統医学は、長い歴史を持ち、独自の理論や体系、臨床経験を持っています。
しかし、現代医学と比べると、科学的根拠に乏しく、経験則に頼っている部分が少なくないのも確かです。
現代医学は、感染症対策や外科手術などに大きく寄与してきましたが、慢性疾患が増えてきた現代においては、十分に患者のニーズに応えきれているとはいえません。
なかには現代医学に不信感を持つ人もいるかもしれません。
そのためか、現代医療以外の療法に頼る人も少なくありません。
こうした現状を踏まえて、アメリカでは国立補完統合衛生センターが設立されており、伝統医学をはじめとした補完代替医療の研究を行い、その有効性や安全性について公開しています。
補完代替医療と定義されている治療の中には、瞑想やホメオパシー、カイロプラクティック、ハーブなど様々な療法があり、有効性や安全性も様々です。
今のところ、補完代替療法が現代医学に取って代わるという状況にはありません。
しかし、慢性疾患などに苦しんでいる患者の生活の質(QOL)を高める効果は期待できるかもしれません。
また、総じて伝統医学は病気を予防し、健康を維持することに重点を置いてきました。
また、病気単体でみるのではなく、その人の全体をみて、バランスの崩れを整えるという視点を大切にしてきたといえます。
このような視点を大切にしながら、安全なものを取り入れていくことで、私たちの健康寿命の延長を図ることができるかもしれません。
ユナニ医学|まとめ
- ユナニ医学の確立は11世紀の天才イブン・シーナーの著した『医学典範』による
- ユナニ医学がベースにしている考え方は、2000年近く世界で共有、研究されてきたもの
- 複数の薬草を組み合わせて処方する治療法
- 詳細な観察に基づく診察法で、患者の心身の状態を、言動や環境からも観察
ユナニ医学の知見は、少なからず西洋医学に引き継がれています。
しかしながら、ユナニ医学が持っていたその人の全体をみるという視点は、現代医学には弱い部分かもしれません。
現代医学のたしかさと、ユナニ医学をはじめとした伝統医学が持っていた全体性の視点が統合され、患者にとってよりよい医療が提供されるようになるとよいですね。
参考文献
補完代替療法を考えたとき:がん患者のための手引き,厚生労働省『「統合医療」に係る情報発信等推進事業』
上馬場和夫,伝統医学の可能性,日本補完代替医療学会誌,1(1),63-76,2004
看護師:古川正造