細胞医療は実用化と普及の時代へ

がん

細胞から人体を再生するというのは、SFの世界の話だと思われていましたが、技術的には昔からあり得た話で、案外、実用化は進んでいます。
再生医療の実情についてリンパ球バンク代表の藤井真則氏にお話をうかがいました。

細胞医療は荒唐無稽な話ではなく、今後、急速に実用化が進んでいく

いよいよCAR-T「キムリア」が保険診療で使えるようになりましたが……。

新薬の開発といえば昔は闇雲に化学合成した膨大な候補物質の中から、薬効を持つものを探しました。
それがバイオテクノロジーの時代になり、ヒトの体内でどのような反応が起きて、それにどう作用するのかという考えで、狙い撃ちで新薬をデザインするようになりました。
例えばリウマチの治療といえば炎症を抑えるために、ステロイドで免疫全体を強力に抑制するしかなかったのが、今ではもっと狭い範囲の免疫反応を狙って抑える抗体医薬品を使うのが一般的です。

がん治療においても欧米では抗がん剤を押し退けて、細胞増殖信号などを狙って止める分子標的薬が主流になっています。
先月、保険収載されたCAR-T療法では患者さんの免疫細胞(T細胞)の遺伝子を改変し体内に戻しますが、細胞そのものを薬のように使うこれからの医療の姿を示しています。

患者さんの細胞そのものを使う治療ですね。

患者さんの細胞を使った再生医療は、国内でも5品目が承認されています。
シート状の細胞集団で火傷を治療したり、心臓の機能を回復させたり、骨髄から採取した幹細胞を培養後に体内に戻し、脊椎で神経細胞に変化することで、損傷した神経の働きを補ったり……。
幹細胞は身体を作る細胞に化ける(分化)種のようなものですが、その中でも究極の存在は受精卵であり、それに近いものを一般の細胞を改造して作るのがiPS細胞です。

SFの世界では1個の細胞から人体を復元するような話が描かれますが、決して荒唐無稽な話ではなく、昔からある技術の延長線上にある世界です。

再生医療には常に倫理的な問題がついてまわりますが……。

受精卵や受精卵が少し細胞分裂しただけのES細胞の場合は、1個の細胞が1人のヒトになる能力を持っています。
治療のために受精卵やES細胞を利用するのは、ひとりのヒトを切り刻んでいるような行為ではないかという指摘があります。
それが再生医療の発展を慎重に進める背景になっているのは事実です。

がんの免疫細胞療法も再生医療のひとつですね。

がん治療の場合、がん細胞をやっつければいいのですから、倫理的にはシンプルです。
抗がん剤一辺倒でやってきた日本の医療業界や患者さんに、どれだけ正確な知識が浸透するかの問題です。

がん細胞を傷害する機能を担っているのはNK細胞です。

T細胞は脇役に過ぎません。がん患者さんの免疫細胞は極めて抑制された状態にあり、これを目覚めさせるため、NK細胞を体外で培養して刺激し、再び体内に戻すことで、免疫全体を目覚めさせるのが免疫細胞療法の原点です。
新たな体、または体の一部を作り出すような話ではありません。

再生医療というと一部、SFのようなイメージがありますが、現実に苦しんでいる患者さんの治療として、もっと速やかに普及させるべき実用技術が存在しています。

今回のキムリアはT細胞を無理やりがん治療に向けさせるため、遺伝子改変を行い、副作用も激しいのですが、保険適用になったことで再生医療が一般に周知される大きなきっかけとなるかもしれません。
臓器移植も臓器移植法が制定されて保険適用になりましたが、細胞医療や再生医療の法整備も進んできました。

失われた組織の再生などはまだまだ徹底した開発や検証を進める一方、がん治療に関しては実用化された技術を急速に普及させていく――そういう時代が幕を明けました。

リンパ球バンク株式会社
代表取締役 藤井真則

三菱商事バイオ医薬品部門にて2000社以上の欧米バイオベンチャーと接触。医薬品・診断薬・ワクチンなどの開発、エビデンスを構築して医薬品メーカーへライセンス販売する業務などに従事。既存の治療の限界を痛感し、「生還を目指す」細胞医療を推進する現職に就任。

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