
知らない同士が皆で笑っている場所にいられることの幸せを知ってもらいたい
楽しさ満点の高座が老若男女に人気の落語家・林家たい平氏。日曜夕方に放送される国民的人気番組『笑点』のメンバーとしてもお馴染みだ。
年に6回開かれる独演会を中心に、落語会、ラジオ・TV出演など、多方面で活躍をしているたい平氏だが、今年の新型コロナウイルス流行では活動を自粛せざるを得なくなり、精神的にダメージを負ったとか。
落語家人生で一番苦しかったことはなんですか?
落語を生で聞いたことがない方は少なくありません。
そんな方にまずは落語に触れてもらおうと、全国を飛び回っていました。
ここで強みになるのが、全国区で顔を知られている笑点メンバーであること。
落語に興味がない方でも、知っている顔と名前だから足を運んでくれるんです。
もちろん、責任は重大。そこでつまらないと思われたら、もう二度と落語に足を運んでもらえないかもしれない。
毎回が真剣勝負でした。
そして、今年の3月から始まった新型コロナウイルスの感染拡大による自粛──これはいまだかつてない出来事でした。
いろいろな場で仕事をしている僕たち落語家ですが、基本は生で披露する高座。
それが次から次へとなくなってしまい、崖から突き落とされてどん底にいるような心境でした。
もう落語が出来る日は来ないんじゃないかという絶望感すらありました。
でも、そうそう落ち込んでばかりはいられないので、この世の中が停止した時間をどう過ごすべきか思案したんです。
この経験が平時に戻った時に活かせるんじゃないかと。
「たい平マスク」が話題になりましたね。
大変だからこそ自分ではなく誰かのために動こうと思ったんです。
感染が急激に拡大した頃、世間ではマスク不足が問題になっていました。
実は僕の実家はテーラー。
両親が元気だったらマスクを作って、近所に配っていたでしょう。
それなら僕がやってみるかと両親の姿を思い出しながら、ミシンを使ってみたんです。
落語家は商売柄、新しい手拭いが家に溢れています。
せっかくなので手拭いの柄を楽しんでもらえるように工夫しました。
近所の方、後輩が協力してくれて、マスクで困っている子供に届くよう渡してくれました。
ラジオで呼びかけたりもしましたね。
そうしたら僕のマスクを着けて笑っている子供の写真が届いたんです。
その笑顔だけで本当に幸せになれました。
高座に上がれなくて、それがいつまで続くのかという不安の中、自分を奮い立たせてマスクを縫った日々が、本当にさっぱりとしたんです。
今後の目標や夢はありますか?
目標を具体的に決めた時点で、その理想は超えられないと思います。
だから、今は落語だけじゃなくて動画配信、歌、講演……様々な芸の枝、誰かから必要とされる葉をたくさん茂らせたぼうぼうの木でいい。
80歳くらいになったらいらない枝葉を剪定して……林家たい平という木の姿が見えたらいい。
もしかしたら、90歳になっても枝ひとつ落とせないかもしれない。
それもまた面白いですよね(笑)。
夢は、落語の楽しさをひとりでも多くの方に伝えること。
ただそれだけ。
寄席や劇場に行くと、隣の席は知らない方。
知らない同士が皆で笑っている場所にいられることの幸せを知ってもらいたいですね。
読者の皆さんにメッセージを。
一日のうちで数分でもいいから楽しいと思える時間を作ってみてください。
先生から励ましの言葉をもらったり、看護師さんと何気ない会話をしたり……。
その中で気持ちを受け取るだけじゃなくて、先生を少し笑わせてみようとか、看護師さんへの感謝の気持ちを言葉にしてみようとか──そんなことを考えている時間が有意義になるような気がします。
それでも気持ちが塞いでいたら……日曜の夕方から『笑点』を見てください(笑)。