
抗がん剤や放射線治療の副作用に苦しめられ、悲観的になる患者さんは少なくありません。
漢方は標準治療の副作用を軽減し、患者さんが最後まで治療を継続する助けになるとして、多くのがんセンターでも漢方外来が設けられています。
今回は、我が国の漢方医療の先駆である修琴堂大塚医院の現院長である渡辺賢治医師に、どのような漢方を処方するのか、どのような効果があるのかなど、具体的にがん治療について伺いました。
がん治療では漢方はどんな目的で処方されるのでしょうか?
漢方の第一の目的は免疫を高めることです。
多くの人は癌のはじまりはレントゲンやMRI、CTなどで目に見える段階だと思っています。
手術にしても体を開けてみて、目に見える腫瘍しかとることは出来ません。
しかし、CT, MRIなどに写るのは、直径が1㎝以上の大きさになってからです。
その時にはがん細胞は10の9乗個にもなっています。
私たちの体内では毎日細胞分裂の間違いや、紫外線などの外因により遺伝子のエラーが起こっています。
その数は3,000~5,000個とも言われています。ほとんどの遺伝子異常は修復されたり、その細胞そのものを細胞死で排除したりしています。
そうした修復機転をすり抜けたものが、がん細胞のもとになりますが、免疫が正常なら、それらの異常な細胞は排除され、目に見えるがんになることはありません。
がんが発見された時よりずっと前の段階で、免疫の目をすり抜けて育ったものが、目に見えるがんになるのです。
その間、数年から長いものでは十年以上の時を有する場合もあります。
悪いことにがんは免疫の監視をすり抜ける能力を獲得して、自分を攻撃する免疫を抑制することもします。
様々な部位、様々なステージのがん患者さんが、漢方治療を希望されますが、残念なことに症状が進行してしまってから受診する方が多いです。
がんと診断されたら、出来るだけ早く漢方治療を加えることを考えて欲しいと思います。
具体的にどのような漢方が処方されるのでしょうか?

がんのステージ等によりますが、免疫を意識した処方を行います。
がんが小さい時、リンパ球の数がしっかりある時に一番使うのは「補中益気湯」です。
しかし、がんが進行すると、リンパ球そのものの数が減ってしまい、単球という別の免疫を担う細胞が活性化されます。
抗がん剤の副作用でもリンパ球の数は減ります。
補中益気湯で活性化するのはリンパ球なので、進行がんには使えません。
そうなると次は「十全大補湯」などの別の漢方を使用します。
漢方では「証」が大切になってきます。
証とはその方の体質・体力・症状の現れ方などの個性や個人差を表します。
例えば同じ便秘を緩和するという目的で使用する漢方でも、暑がりと寒がり、肥満型とやせ型では使用すべき漢方は違います。
修琴堂大塚医院では、伝統的な漢方の方法で、患者さんの状態を細かく見極めてから、薬を選びます。
その方の証に合った正しい漢方を処方する上では、高い専門性と深い知識を求められます。
漢方の専門医にかかるということには、大きな意義があると思います。
標準治療についてどのようにお考えですか?

最初に理解してもらいたいのは、漢方だけでがんを治すことは考えていません。
基本的には保険診療で行われる手術・放射線・抗がん剤、これら標準治療が基本にあります。
そして、抗がん剤や放射線の副作用など、つらいところを漢方で緩和したり、体力を補ったりということが、漢方が果たす大きな役割です。
私のクリニックでは患者さんの年齢や希望に沿った形で治療を行うように心がけています。
例えば同じ標準治療を勧めるにしても、80代や90代の方とお子さんがまだ小さい30代、40代の方とでは治療に期待する結果が違うはずです。
後5年、おいしくご飯が食べられて健やかに生活したいという高齢の患者さんであれば、体に負担がかかる大きな手術や抗がん剤は、無理に勧めません。
QOLを高く保ち、がんを進行させない方向を一緒に模索し提案します。
逆にまだ幼い子供がいるので、大きな手術をしても、薬の副作用が強くても、頑張って治療を受け、何としてでも生き続けたいという方には、標準治療を受け続けられる漢方、がんに負けない体力をつける漢方を提案します。
漢方は抗がん剤の副作用を緩和するといいますが……

漢方が抗がん剤の副作用緩和することに関しては、様々な基礎研究があります。
例えば抗がん剤投与後、まずは食欲が落ちるなどの消化器症状が出てきます。
がんと闘うためには、悪液質(あくえきしつ)や体重減少という栄養不良状態が一番望ましくありません。
漢方的にいうと基礎体力をいかに落とさず保っていくかということが重要です。
食欲の低下に対しては胃腸の調子を整えることを行います。
白血球の数が減っているようなら、「四物湯(シモツトウ)」を中心に処方し、骨髄細胞の活性化を行います。
それから、痺れに関しては様々論文が出ていますが、「八味地黄丸(ハチミジオウガン)」や「牛車腎気丸(ゴシャジンキガン)」など、いわゆる附子剤と呼ばれるものが効果的です。
患者さんが副作用のせいで抗がん剤や放射線治療を諦めることがないよう、症状を緩和し支援するのが、漢方の役割だと私は考えています。
抗がん剤も、つらい症状が出る方と出ない方がいらっしゃいます。
出ない方には免疫を高める漢方を、強く出る方にはそれを緩和する漢方を。
がんを直接叩くのは、標準治療に任せて、漢方は補完や支持を目的として行います。
患者さんにメッセージを。
長年、漢方を手がけてきて強く思うことは、薬を出すだけが我々の仕事ではないということです。
養生、生活指導がとても重要になります。
昨年まで慶應義塾大学の教授として未病(健康から病気に向かっている状態)の講義を行っていました。
若い学生たちに向かって未病予防のためには、正しい食事・睡眠・休養・運動といった基本的な生活習慣が一番大切であると指導していました。
がんだけではなく様々な不調に悩まれる患者さんには、まずは基本的な生活を大事にして欲しいと思います。
漢方のいいところは、表面に現象として出てきている病気を治すのではなく、患者さん全体を治そうとするところです。
それぞれの患者さんに合わせた養生(生活)を一緒に考えていきます。
食事のアドバイスなど、毎日の生活のことも是非とも聞いてください。

取材協力
修琴堂大塚医院
院長 渡辺賢治 医師
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